「昔の人はどう暮らしてた?」シリーズ第4弾です。
前回の弥生時代編は、米づくりが貧富の差と戦いを生み、ムラが「クニ」に育っていくところで終わりました。
今回はその続き——約1,700年前に始まる古墳(こふん)時代です。
古墳時代を一言でいうと、「王の力の大きさが、お墓の大きさで示された時代」です。
日本中に16万基以上——コンビニの約3倍の数のお墓の山が、今もそのまま残っています。実は皆さんの家の近所の「ちょっとした丘」も、古墳かもしれません。

古墳ってなに?:ただのお墓じゃない「権力の見える化」
古墳とは、土を高く盛り上げて作った王や豪族(ごうぞく=地域の有力者)のお墓です。
弥生時代の戦いを勝ち抜いたクニの王たちは、やがて奈良盆地を中心にゆるやかに連合します。これがヤマト王権——のちの日本の朝廷の起源です。
ここで子どもに問いかけたいのが、「どうして王さまはお墓をわざわざ大きくしたと思う?」という質問です。
答えはシンプルで、大きなお墓を作れること自体が力の証明だからです。
何千人もの人を何年も働かせられる。それだけの食料と組織力がある。
スマホも文字の記録もない時代、「見上げるほど大きな山」は誰の目にも一発で伝わる力の広告塔でした。

日本一の古墳は、世界最大級のお墓
大阪府堺市にある大仙古墳(だいせんこふん・仁徳天皇陵古墳)は、全長約486メートル。
エジプトのピラミッド、中国の秦の始皇帝のお墓と並んで「世界三大墳墓」と呼ばれる大きさです。
- 上から見るとカギ穴の形——丸と四角を組み合わせた「前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)」という日本独特の形
- 作るのに1日2,000人働いて15年以上かかったという試算も
- 2019年、周辺の古墳群とあわせて世界遺産に登録
面白いのは、この巨大さを実感できるのが飛行機や地図アプリの航空写真だけだということ。地上から見るとただの「森のある丘」です。
地図アプリでカギ穴の形を探す遊びは、子どもの食いつきが抜群です。

はにわは何のため?

古墳のまわりにははにわ(埴輪)という素焼きの人形が並べられました。人・馬・家・船——博物館で見る、あのゆるい顔の土人形です。
はにわは、王の死後の世界のお世話係やお墓の守りとして並べられたと考えられています。
踊る人・鎧を着た戦士・馬や鳥などの動物など種類が豊富で、当時の暮らしを伝えるタイムカプセルにもなっています。
海の向こうから来た「新技術」

古墳時代のもう一つの主役が、朝鮮半島や中国から海を渡ってきた渡来人(とらいじん)です。彼らが伝えた技術は、日本の暮らしを一段引き上げました。
| 伝わったもの | 何が変わった? |
|---|---|
| 須恵器(すえき) | ろくろと高温の窯で作る、固くて丈夫な焼き物。水もれしにくい |
| 機織り(はたおり) | 丈夫な布が織れるようになり、服が進化 |
| 土木技術 | ため池や水路づくりが上達し、米の収穫が安定 |
| 漢字 | 日本に「文字」が到来。ここから日本の歴史は記録に残り始める |
埼玉県の稲荷山古墳から出た鉄剣には「ワカタケル大王」という王の名が漢字で刻まれていました。

日本列島の中で書かれた、最古級の文章のひとつです。「文字がなかった国に文字が来た瞬間」の物証が、お墓の中の剣に残っていたわけです。
シリーズを通して見える「暮らしの進化」
「便利になるたびに、新しい問題も生まれる」——このシリーズの隠れテーマです。テクノロジーとルールの話として、現代のスマホやSNSの話につなげてみるのも面白いですよ。
まとめ
- 古墳時代=約1,700〜1,400年前。王の力がお墓の大きさで示された時代
- 大仙古墳は世界最大級のお墓。地図アプリでカギ穴の形を探してみよう
- 渡来人が焼き物・土木・漢字を伝え、日本の歴史が「記録される時代」の入口に立った
次回このシリーズを続けるなら、飛鳥時代——「仏教とお寺、そして『日本』という国の名前が生まれる時代」です。お楽しみに。

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