江戸時代の子どもはどんな暮らし?寺子屋・遊び・習いごとを今と比べてみた

人生論

「昔の子どもって、学校に行ってたの?」——子どもにそう聞かれたら、答えられますか。実は江戸時代の日本には、「寺子屋(てらこや)」という子どものための学びの場が全国に広がっていて、その就学ぶりは当時の世界でもトップクラスだったといわれています。

この記事では、江戸時代の子どもたちの一日を、学び・遊び・暮らしの3つの面から、現代の小学生と比べながら紹介します。親子で「へえ!」と言いながら読める内容なので、夏休みの調べ学習のネタにもどうぞ。

寺子屋とは?江戸時代の「小学校」

寺子屋とは、読み・書き・そろばんを教える民間の学び舎のことです。「寺」とつきますが、江戸時代にはお寺だけでなく、武士や僧侶、医者、裕福な町人などが自宅で開くことが多く、町のあちこちにありました。幕末には全国に数万軒あったと推定されています。

入学はだいたい6歳前後から。ちょうど今の小学1年生と同じくらいの年齢で学び始めていました。

江戸時代の寺子屋現代の小学校
入学年齢6歳前後6歳(満6歳の4月)
学ぶ内容読み・書き・そろばん+実用知識国語・算数など教科全般
進め方一人ひとりバラバラ(個別学習)クラス全員で同じ授業(一斉学習)
先生武士・僧侶・町人など(師匠)教員免許を持つ先生
通う義務なし(希望する家の子が通う)あり(義務教育)

驚きポイント①:勉強は「全員バラバラ」だった

寺子屋の学び方は、今の学校と大きく違います。全員が同じページを開く授業ではなく、一人ひとりが自分の課題を自分のペースで進め、師匠が順番に見て回るスタイル。年齢も進み具合もバラバラの子どもたちが、同じ部屋でそれぞれの勉強をしていました。今でいう「個別最適化学習」を、江戸の人たちは当たり前にやっていたのです。

驚きポイント②:教科書は「職業別・地域別」

教材は「往来物(おうらいもの)」と呼ばれ、その種類は数千にのぼるといわれます。商人の子は商売の手紙の書き方、農家の子は農業の知識、と将来の仕事や住む土地に合わせて内容が選ばれていました。学びが生活に直結していたのですね。

驚きポイント③:江戸の町の識字率は世界トップクラス

寺子屋が広がった結果、幕末の江戸の町人の多くが読み書きをこなし、当時の世界でも有数の識字社会だったと考えられています。庶民の子どもまで文字を学べる国は、当時としてはとても珍しい存在でした。貸本屋が繁盛し、子どもも大人も本を楽しんでいたことが分かっています。

江戸の子どもは何をして遊んだ?

勉強は午前中で終わることが多く、午後は遊びの時間。江戸の子どもたちは、身近な材料で作ったおもちゃと、体ひとつで遊ぶ名人でした。

  • 今も残る遊び:おにごっこ、かくれんぼ、竹馬、こま回し、凧あげ、お手玉、おはじき、めんこ
  • 季節の遊び:夏は川遊びやせみ取り、冬は雪遊びと、自然が遊び場でした
  • おもちゃは手作りが基本:竹とんぼや紙鉄砲など、身の回りの材料で自作。作ること自体が遊びでした

おにごっこもかくれんぼも、数百年前の子どもたちと同じ遊びを今の子がしていると思うと、少し不思議な気持ちになりませんか。

子どもも「家の仕事」の大事な担い手だった

一方で、江戸時代の子どもは遊んでばかりではいられませんでした。農家では田畑の手伝いや子守り、商家では店の手伝いなど、子どもも家の労働力の一員。奉公(ほうこう)といって、10歳前後で商家などに住み込みで働きに出る子も珍しくありませんでした。

「子ども時代はたっぷり学び、遊ぶもの」という今の感覚は、長い歴史の中では、実はとても新しい価値観なのです。

今の子育てに活かせる、江戸の学びのヒント

江戸の子どもたちの暮らしからは、現代の子育てに通じるヒントも見えてきます。

  • 自分のペースで進む学びは、江戸ではふつうだった:「みんなと同じ速さ」で進めないことは、長い目で見れば特別なことではありません
  • 学びと生活がつながると、子どもは夢中になる:往来物のように、興味や生活に結びついた題材は吸収が早いもの。料理ではかりを使う、買い物で計算する、も立派な学びです
  • 手作りの遊びは今でも最強:竹とんぼや紙鉄砲づくりは、そのまま夏休みの工作にもなります

よくある質問(FAQ)

Q. 女の子も寺子屋に通えたの?
A. 通えました。特に町人の家では女の子の就学も多く、女性の師匠がいる寺子屋もありました。裁縫などを別の師匠に習う子もいました。

Q. 寺子屋の月謝は高かった?
A. 家庭の事情に応じて、お金だけでなく野菜やお米などで納めることもできる、柔軟なしくみだったといわれています。

Q. 寺子屋はいつなくなったの?
A. 明治5年(1872年)の「学制」で近代的な学校制度が始まり、寺子屋は小学校へと置き換わっていきました。寺子屋で培われた学びの土台が、その後の日本の教育の広がりを支えたと考えられています。

まとめ:数百年前の子どもたちも、学んで、遊んで、育っていた

江戸時代の子どもたちは、6歳ごろから寺子屋で自分のペースの学びを進め、午後は外を駆け回り、家の仕事も担いながら育っていました。形は違っても、「学ぶ・遊ぶ・暮らす」の中で大きくなるのは今の子どもたちと同じです。親子で「今と同じところ・違うところ」を探しながら、昔の暮らしをのぞいてみてください。

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