ユダヤの人々が数千年にわたって受け継いできた知恵の書「タルムード」。その学び方は、答えを覚えることより、問いを立てることを大切にするのが特徴です。
今回紹介するのは、そのタルムード式の考え方を伝える話として有名な「煙突掃除の問答」です。
これはお話というより、クイズです。しかも答えが4回ひっくり返ります。ぜひ、お子さんと一緒に「答えはどれだと思う?」と考えながら読んでみてください。
お話:煙突掃除の問答
ある日、一人の若者がラビ(ユダヤ教の先生)のところへやってきて、こう言いました。
「先生、わたしにタルムードを教えてください」
ラビは答えました。「いいでしょう。ただその前に、あなたがタルムードを学べるかどうか、ひとつ問題を出させてください」
第1問
2人の男が、煙突の掃除をして降りてきました。
1人は顔がすすで真っ黒。もう1人は、顔がきれいなままです。
さて、顔を洗うのはどちらでしょう?
――ここで読むのを止めて、考えてみてください。――
若者は答えました。「そんなの簡単です。顔が汚れているほうです」
ラビは首を横に振りました。
「違います。顔が汚れている男は、きれいな男の顔を見て『自分もきれいなんだろう』と思う。きれいな男は、汚れた男の顔を見て『自分も汚れているにちがいない』と思う。だから、顔を洗うのは、きれいなほうの男です」
第2問
「なるほど……」とうなる若者に、ラビは言いました。「では、もう一度聞きます」
2人の男が、煙突の掃除をして降りてきました。
1人は真っ黒、1人はきれい。顔を洗うのはどちらでしょう?
若者は自信を持って答えました。「さっき教わりました。きれいなほうです」
「違います」とラビ。
「きれいな男が顔を洗いはじめたのを見て、汚れた男は『どうして洗っているんだろう?』と考え、自分の顔が汚れているのだと気づく。だから、2人とも顔を洗うのです」
第3問
「……では、もう一度」
若者は少し考えてから答えました。「2人とも洗います」
「違います」
「汚れた男は、きれいな男の顔を見て、自分もきれいだと思う。だから洗わない。きれいな男は、自分も汚れていると思って洗おうとする。でも、汚れているはずの相手が平気な顔をして洗わないのを見て、『なんだ、洗わなくていいのか』と思い直す。だから、どちらも洗わないのです」
第4問
若者はすっかり混乱していました。それでもラビは、同じ問題を出します。
若者は、半ばやけになって答えました。「どちらも洗いません!」
――最後の答え、分かりますか?――
ラビは静かに言いました。
「違います。
2人が同じ煙突を掃除して降りてきたのに、1人だけ真っ黒で、1人だけきれいなままなんてことが、あるでしょうか?
――これが、タルムードです」
このお話が伝えていること
オチを聞いて、「ずるい!」と思った方もいるかもしれません。でも、このお話には大事なことが3つ詰まっています。
①答えは、見方によって変わる
第1問から第3問まで、ラビの答えはどれもそれなりに筋が通っています。汚れているほうが洗う、きれいなほうが洗う、両方洗う、どちらも洗わない——見る角度を変えるだけで、正解が次々に入れかわります。
「正しい答えは1つ」と思い込まないこと。これがひとつ目の教えです。
②人は、他人を鏡にして自分を判断する
お話の中の2人は、自分の顔を直接見ることができません。だから相手の顔を見て、自分の顔を想像します。
これは私たちの毎日でもよく起きています。「まわりがやっているから自分も大丈夫」「みんなが平気そうだから問題ない」——他人の様子だけで自分を判断すると、ときどき大きく間違えます。
③いちばん大事なのは「問いそのものを疑う」こと
そして最後のオチ。ラビが伝えたかったのは、ここです。
若者は4回とも、出された問題の中で一生懸命に答えを探しました。でも、問題そのものがおかしかったのです。同じ煙突から出てきた2人の片方だけがきれいなんて、ありえないのですから。
「そもそも、この問いは本当に正しいの?」と立ち止まれる人こそ、ほんとうに考える力がある人——タルムードはそう教えています。
現代の暮らしに置きかえると
ノーベル物理学賞を受賞したアメリカの科学者イジドール・ラビは、ユダヤ系の家庭で育ちました。彼は、自分が科学者になれたのは母親のおかげだと語っています。
学校から帰ると、ほかの家の母親は「今日は何を習ったの?」と聞いた。でも彼の母親は、毎日こう聞いたそうです。
「今日は、いい質問をした?」
「何を覚えたか」ではなく「何を問うたか」を大切にする。煙突掃除の問答と、まったく同じ考え方です。
家庭でも、すぐに取り入れられます。
- 「今日なに習った?」の代わりに「今日、ふしぎに思ったことある?」と聞いてみる
- 子どもの「なんで?」に、すぐ答えを言わず「どうしてだと思う?」と返してみる
- ニュースや広告を見て「これ、本当かな?」と一緒に考えてみる
ちなみに、理屈で言い返してくるようになった子は、実はこのお話にぴったりです。反論できるのは、考える力が育っている証拠。その力を「問いを疑う」方向に使えると、ぐっと伸びます(7歳の反抗期は「理屈」で来る)。
親子で話し合ってみよう|問いかけのヒント
- 「第1問、最初はどっちだと思った?」——自分の最初の答えと、ラビの答えをくらべてみる
- 「どの答えがいちばん納得できた?」——正解を決めるのではなく、理由を話してもらう
- 「最後のオチ、ずるいと思った?」——ずるいと思ったなら、なぜそう思ったのかを聞く
- 「みんながやってるから大丈夫、って思ったことある?」——自分の毎日に置きかえてみる
- 「ラビは、若者に何を気づかせたかったんだと思う?」——4回の問答の意味を、子どもの言葉で説明してもらう
遊び方:おうち「問いを疑う」ゲーム
このお話を読んだあとは、親子で「おかしな問題」を出し合うゲームがおすすめです。
- 例:「真夏の日なたに置いたアイスが、カチカチのままなのはなぜ?」→「そもそも溶けるよ!」
- 例:「100点のテストをもっと上げるにはどうする?」→「100点が満点だよ!」
問題の中に「おかしなところ」を1つ混ぜて出すだけです。見破れたら勝ち。つくる側も、見破る側も、自然に「そもそも本当に?」と考える練習になります。
まとめ:正しい答えより、正しい問いを
- 「煙突掃除の問答」は、答えが4回ひっくり返るタルムード式のクイズ
- 答えは見方によって変わる。正解は1つとは限らない
- 人は他人を鏡にして自分を判断しがち
- いちばん大事なのは「そもそも、この問いは正しい?」と立ち止まること
- 家では「今日、いい質問をした?」と聞いてみる
テストでは、答えを出した人が点をもらえます。でも、本当に新しいことを見つけるのは、誰も疑わなかった問いを疑った人です。ラビの若者のように、何度ひっくり返されても考え続けられる子は、きっと遠くまで行けます。
あわせて読みたい
- タルムードの面白い小話「ヒレルを怒らせたら400ズーズ」——くだらない質問ぜめにも怒らなかった先生(面白い小話シリーズ第1弾)
- タルムード小話「難破船と3人の乗客」——楽しみと備えのバランスを学ぶ
- 落とした指輪を探す場所——探す場所をまちがえていない?
- ほんとうに豊かな人とは?
- 知識の呪いとは?——「なんで伝わらないの?」を実験で解き明かす
- 自主学習ノートのネタ30選——「なぜ?」と思ったことは、そのまま自学のテーマに
※「煙突掃除の問答」は、タルムード式の考え方を伝える話としてユダヤの人々の間で語り継がれてきたもので、細部は伝わる形によって異なります。

コメント