【子どもに教えたい】タルムードの面白い小話「ヒレルを怒らせたら400ズーズ」|くだらない質問ぜめにも怒らなかった先生

タルムードシリーズ

タルムードというと「ありがたい教えの本」というイメージがあるかもしれません。でも実は、思わず笑ってしまうようなお話もたくさん載っています。

今回紹介するのは、その代表格。「あの先生を怒らせたら、賞金400ズーズ!」という、とんでもない賭けのお話です。主人公の先生がとった行動は、毎日「早くして!」と言い続けている私たち親にとっても、ちょっと耳が痛くて、でも救いになる内容です。

まず「タルムード」と「ヒレル」ってなに?

タルムードとは、ひとことで言うと「ユダヤの人々が、学者たちの議論やお話を何百年もかけて書きためた、ものすごく分厚い知恵の本」です。法律や生活のルールだけでなく、昔の先生たちのエピソードや、ちょっとした笑い話まで収められています。全部そろえると数十冊にもなる大きな書物です。

今回の主人公ヒレルは、今から約2000年前(紀元前1世紀ごろ)のエルサレムにいた、たいへん有名な先生(ラビ)です。若いころはとても貧しく、まき割りのような仕事をしながら勉強を続けた人だと伝えられています。

そしてヒレルといえば、「とにかく怒らない人」として有名でした。同じ時代にはシャンマイという、まじめで厳しい先生もいて、2人はよく比べられます。今回のお話は、その「怒らないヒレル」の評判を試そうとした男の物語です。

(タルムードのお話は、当ブログでほかにも難破船と3人の乗客や落とした指輪を探す場所を紹介しています。どれも数分で読めるので、あわせてどうぞ)

お話:ヒレルを怒らせたら400ズーズ

あるとき、2人の男が賭けをしました。

「ヒレル先生を怒らせることができたら、400ズーズやろう」
「よし、ぼくが怒らせてみせる」

ズーズというのは当時のお金の単位です。1ズーズはおよそ働く人の1日分の稼ぎくらいとされているので、400ズーズは1年分を超えるほどの大金です。男は本気でした。

ねらったのは「いちばん忙しい時間」

男が選んだのは、金曜日の夕方。ユダヤの人々にとって、金曜の日没から始まる「安息日(あんそくび)」は、仕事も料理もしないで休む特別な日です。だから金曜の夕方は、その準備に追われる1週間でいちばんバタバタする時間なのです。

しかもそのとき、ヒレルは安息日に向けてちょうど髪を洗っている最中でした。

男はヒレルの家の前に行き、大声でさけびました。

「ヒレルはいるか! ヒレルはどこだ!」

(先生に向かって呼び捨てです。失礼きわまりない)

ヒレルは急いで体に布を巻きつけて出てきて、こう言いました。

「わが子よ、なにか用かな?」

1つめの質問

「聞きたいことがある」
「聞きなさい」
「バビロニアの人たちの頭は、どうして丸いのか?」

どう考えても、今じゃなくていい質問です。ところがヒレルは、こう答えました。

「わが子よ、それはいい質問だ。あの土地には腕のいい産婆さん(お産を手伝う人)がいないからだよ」

男は帰っていきました。ヒレルは髪洗いにもどります。

2つめの質問

しばらくして、また男がやってきました。

「ヒレルはいるか! ヒレルはどこだ!」

ヒレルはまた布を巻いて出てきます。「わが子よ、なにか用かな?」

「砂地に住んでいる人たちの目が、しょぼしょぼしているのはなぜだ?」

「わが子よ、それはいい質問だ。砂ぼこりの多い土地に住んでいるからだよ」

3つめの質問

またしばらくして……

「ヒレルはいるか! ヒレルはどこだ!」

「わが子よ、なにか用かな?」

「湿地に住んでいる人たちの足が、横に広いのはなぜだ?」

「わが子よ、それはいい質問だ。ぬかるんだ土地を歩くからだよ」

男、作戦を変える

3回やっても、ヒレルはまったく怒りません。あせった男は、ちがう手に出ました。

「まだまだ聞きたいことはたくさんあるんだが……あんたが怒るんじゃないかと心配でね」

するとヒレルは、布を体に巻いたままどっかりと腰をおろして言いました。

「聞きたいことは、ぜんぶ聞きなさい。」

男はついにキレました(キレたのは男のほうです)。

「あんたが、みんなに『イスラエルの長』と呼ばれているヒレルか?」
「そうだよ」
「だったら、あんたみたいな人はイスラエルにこれ以上増えないでほしいね!」
「わが子よ、それはどうして?」
「あんたのせいで、400ズーズ損したんだよ!」

ヒレルは、こう答えたそうです。

「気持ちを落ち着けなさい。ヒレルのせいで400ズーズ、いや、さらに400ズーズ失ったとしても、ヒレルは怒らないよ。」

タルムードはこのお話を、「人はいつもヒレルのように辛抱づよくあるべきで、シャンマイのように短気であってはならない」という言葉でしめくくっています。

このお話の「面白いところ」

このお話がおかしいのは、怒らせようとしている側がどんどん追いつめられていくところです。

回 男のねらい ヒレルの返し
1回目 髪を洗っている最中に呼び出す 「いい質問だ」と答える
2回目 同じことをもう一度 また「いい質問だ」
3回目 しつこさで勝負 まだ「いい質問だ」
4回目 「怒るんじゃない?」と挑発 座りこんで「ぜんぶ聞きなさい」
結果 怒ったのは男のほうで、しかも400ズーズの大損

しかもヒレルは、男が賭けをしていることを知りません。相手の目的がなんであれ、目の前の質問にまじめに答えていただけなのです。それなのに、結果的には「意地悪をしかけた側」が自分で自分を苦しめることになりました。

ヒレルはなぜ怒らなかったの? 3つのポイント

このお話は、ただ「がまんしてえらいね」という話ではありません。ヒレルの行動をよく見ると、怒らずにすんだ「しくみ」が見えてきます。

①まず「いい質問だね」と受け止めている

ヒレルは毎回、答える前に「それはいい質問だ」と言っています。くだらない質問でも、まず受け止める。こう口にすると、相手の言葉を「じゃま」ではなく「質問」として扱うことになります。実際、ヒレルの答えはどれも「住んでいる土地の環境が体に影響する」という、筋の通った説明になっています。

②相手の態度と、自分の反応を切り離している

呼び捨てにされても、髪を洗っている最中でも、ヒレルは「わが子よ」とやさしく呼びかけています。相手が失礼だからといって、自分まで失礼になる必要はない。どう振る舞うかは、相手ではなく自分が決めるという姿勢です。

③「急いでいる自分」を、相手にぶつけていない

金曜の夕方は、ヒレルにとってもいちばん忙しい時間でした。それでもヒレルは、「忙しいのに!」というイライラの原因を、目の前の人のせいにしていません。忙しいのは自分の事情で、質問した人が悪いわけではない——そう切り分けているのです。

おまけ:ヒレルのもう一つの有名なお話「片足立ちで教えて」

タルムードの同じページには、ヒレルの人柄がわかるお話がもう一つ載っています。こちらも短くて面白いので紹介します。

あるとき、ユダヤの教えを知らない男がやってきて、こう言いました。

「私が片足で立っているあいだに、教えをぜんぶ教えてくれたら、あなたの弟子になろう」

膨大な教えを片足立ちのあいだに、なんて無茶な話です。この男は先に厳しいシャンマイ先生のところへ行き、物差しで追い払われていました。

ところがヒレルは、男を受け入れてこう言いました。

「自分がされていやなことは、人にしてはいけない。これが教えのすべてだ。あとはその説明にすぎない。さあ、行って学びなさい」

無茶なお願いにも怒らず、しかも本当に一言でまとめてしまう。400ズーズの話とあわせて読むと、ヒレルが「怒らない」のは、相手を追い返すより、受け止めて学びに変えるほうを選ぶ人だったからだとわかります。

親の毎日に置きかえると

金曜の夕方に髪を洗っているところへ、くだらない質問が何度も飛んでくる——このシチュエーション、どこかで見覚えがありませんか。

  • 朝の出発5分前に「ねえ、なんで空は青いの?」
  • 夕飯を作っている最中に「ママ見て見て!」が5回目
  • お風呂で髪を洗っているときに限って、ドアの外からきょうだいゲンカの報告

子どもには「ママを怒らせよう」という賭けはありません(たぶん)。でも、いちばん余裕がない時間に限って質問や話しかけがくるのは、どの家でもよくあることです。

もちろん、毎回ヒレルのように振る舞うのは無理です。ヒレルは「理想の人」としてお話になっているくらいですから、親が同じようにできなくて当然です。そもそも親の言葉が子どもに伝わりにくいのには理由があり、知識の呪いや何度言ってもやらない理由の記事で解説しています。それでも、このお話から借りられる工夫はあります。

ヒレルのポイント 家庭で使うなら
まず「いい質問だね」 答えられないときも「いい質問だね! 車の中で一緒に考えよう」と受け止めてから後回しにする
相手と自分の反応を切り離す 子どもの言い方がきつくても、親まで同じ言い方で返さない(口ごたえ期の小学生に特に有効)
急いでいるのは自分の事情 「なんで今言うの!」の前に、イライラの正体は「時間がない」ことでは?と一呼吸おく

特に年長〜低学年の子の「なんで?」は、ふしぎに思ったその瞬間がいちばん知りたい気持ちが強い時期です。全部に答えられなくても、「いい質問だね」と一言返すだけで、子どもは「聞いてよかった」と感じられます。

親子で遊べる「ヒレルごっこ」

このお話は、読み聞かせのあとにそのまま遊びにできます。

  1. 役を決める:1人が「ヒレル先生」、もう1人が「400ズーズをねらう人」
  2. ねらう人は、くだらない質問をする(例:「どうしてカレーは茶色いの?」「なんでパパの靴下はくさいの?」)
  3. ヒレル先生は、必ず「それはいい質問だね」と言ってから、まじめに答える
  4. 先生が「いい質問だね」を言い忘れたり、笑ってしまったりしたら交代

やってみると、くだらない質問ほど、まじめに答えようとすると意外と頭を使うことに気づきます。子どもは「いい質問だね」と言われる側も言う側も体験できるので、言葉の効き目を体で覚えられます。

親子で話し合ってみよう|問いかけのヒント

タルムードの学び方の特徴は、お話を聞かせて終わりにせず、「あなたはどう思う?」と問いかけて一緒に考えることです。

  1. 「もし自分がヒレルだったら、何回目で怒っちゃうと思う?」(正直な答えでOK。大人も答えると盛り上がります)
  2. 「最後に損をしたのは、どっちだった? どうしてそうなったんだろう?」(意地悪をしかけた側が困る、という構造に気づかせる)
  3. 「『いい質問だね』って言われたら、どんな気持ちになる?」
  4. 「きょうだいや友だちにイライラしたとき、ヒレルのまねができそうなことはある?」(自分ごとに置きかえる。きょうだいゲンカが多い家庭は親が裁かないきょうだいゲンカの対応もあわせて)

子どもが「ヒレルはがまんしすぎ!」「ぼくなら1回目で怒る」と言っても大丈夫です。「そうだよね、髪を洗ってるときだもんね」と共感してから、「でもヒレルは怒らなかった。なんでだと思う?」と続ければ、それがそのまま考える時間になります。

まとめ:怒らせようとした人が、いちばん困った

「ヒレルを怒らせたら400ズーズ」は、いちばん忙しい時間を狙ってくだらない質問をくり返した男が、最後には自分が怒って大損するという、タルムードの中でもとびきり笑えるお話です。

その裏にあるのは、まず「いい質問だね」と受け止めること、相手の態度に自分の反応を決めさせないこと、忙しさのイライラを人にぶつけないことという、2000年たっても通用する知恵。親子で笑いながら読んで、明日の朝の「なんで?」に、一度だけヒレルの返しをしてみてください。

ユダヤの家庭が「問いかけ」を大切にする子育ての考え方はユダヤ式子育てで自立心を育てる方法に、お金や社会のしくみを親子で学べる記事は子どもに教えたいシリーズのまとめにまとめています。

※出典:バビロニア・タルムード「シャバット篇」30b〜31a。訳し方には複数の説があり、本記事では子ども向けにやさしく言いかえています。

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