タルムードの面白い小話シリーズ、今回の主人公は「円を描く人」と呼ばれた男、ホニです。
ホニは、地面に円を描いて「雨が降るまでここから一歩も動きません」と神さまに宣言した人。しかも、いざ雨が降ってくると「これじゃない」「これでもない」と量にいちいち注文をつけた、という、なかなか図太い人物です。
後半では、同じホニが出会った「70年後にしか実がならない木を植えるおじいさん」のお話も紹介します。笑える前半と、じんわりくる後半。親子でどうぞ。
(タルムードの面白い小話は、ほかにもヒレルを怒らせたら400ズーズや煙突掃除の問答を紹介しています)
まず「タルムード」と「ホニ」ってなに?
タルムードとは、ひとことで言うと「ユダヤの人々が、学者たちの議論やお話を何百年もかけて書きためた、ものすごく分厚い知恵の本」です。生活のルールから昔の先生たちのエピソード、思わず笑ってしまう話まで、なんでも入っています。
ホニは、今から2000年以上前(紀元前1世紀ごろ)にいたとされる人です。あるお話がきっかけで「ホニ・ハメアゲル(円を描く人ホニ)」というあだ名で呼ばれるようになりました。そのお話がこちらです。
お話①:円を描いて雨を“注文”したホニ
雨が降らない!
ある年、冬になっても雨がまったく降りませんでした。昔のイスラエルでは、冬の雨が1年分の水と作物のすべて。雨が降らなければ、畑も井戸もからっぽになってしまいます。
困った人々は、ホニのところへ行って頼みました。「雨が降るように、お祈りしてください」
ホニは祈りました。……でも、降りません。
地面に円を描いて、すわりこむ
するとホニは、地面にぐるりと円を描き、その真ん中に立ってこう言いました。
「神さま、みんなはわたしを、あなたの家の者のように思って頼ってきました。あなたが子どもたちをあわれんでくださるまで、わたしはこの円から一歩も出ません!」
……すると、ぽつ、ぽつ、と雨が落ちてきました。
「これじゃない」
ところがホニは言いました。
「わたしがお願いしたのは、こんな雨ではありません。井戸や水ためがいっぱいになるような雨です!」
すると今度は、ものすごい大雨が降ってきました。タルムードによると、ひと粒ひと粒がたるの口くらいの大きさだったとか。
「これでもない」
ホニはまた言いました。
「こんな雨でもありません。めぐみの、ちょうどいい雨をお願いしたのです!」
すると、ちょうどいい雨が降りはじめました。めでたしめでたし……と思いきや、その雨がやみません。降って降って降り続け、とうとう人々は水を避けて高い丘の上に避難するはめになりました。
「今度は止めて!」
人々はホニのところへ来て言いました。「降らせてくれたように、今度は止めてください!」
ホニはお祈りをしました。「あなたの民は、少なすぎるめぐみにも、多すぎるめぐみにも耐えられないのです。どうか、ちょうどよく」。すると風が吹いて雲が散り、人々は外に出て、雨上がりの野原でキノコ(トリュフ)を集めたそうです。
えらい先生のひとこと
この様子を見ていた当時のえらい先生、シモン・ベン・シェタハは、ホニにこう伝えました。
「あなたがホニでなければ、しかりつけているところだ。でも、どうしようもない。あなたが神さまにおねだりすると、神さまはその通りにしてくださる。まるで、父親にあれこれおねだりする子どものようだ。『お父さん、あったかいお湯でからだを洗って』『冷たい水で流して』『くるみちょうだい、アーモンドちょうだい、桃ちょうだい、ザクロちょうだい』と言うと、父親が全部かなえてあげるように」
お話①の「面白いところ」
このお話は、雨の量がまるで注文をまちがえたレストランのように行ったり来たりするところがおかしいのです。
| 回 | 降った雨 | ホニの反応 |
|---|---|---|
| 1回目 | ぽつぽつ雨 | 「これじゃない」 |
| 2回目 | たるの口サイズの大雨 | 「これでもない」 |
| 3回目 | ちょうどいい雨 | ……が、やまない |
| 4回目 | みんな丘に避難 | 「今度は止めて」とお願い |
そして最後の先生のたとえが、まさに子どものおねだりそのものです。「お湯で洗って」「やっぱり冷たいの」「くるみ」「アーモンド」「桃」「ザクロ」——親なら、どこかで聞いたことのあるやりとりではないでしょうか。2000年前の先生も、同じ光景を見ていたのかもしれません。
先生は「あきれた」と言いながらも、ホニをしかりませんでした。ホニが雨をお願いしたのは自分のためではなく、困っている人たちのためだったからです。図太さも、人のために使えば頼もしさになる、というわけです。
お話②:70年後に実る木を植えるおじいさん
同じタルムードのページには、ホニのもう一つのお話が続いています。こちらは笑い話というより、ちょっとふしぎな話です。
「実がなるのは70年後」
ある日、ホニが道を歩いていると、ひとりのおじいさんがイナゴマメの木を植えていました。イナゴマメは、地中海のあたりで育つ、さやに入った甘い実がなる木です。ただし、実がなるまでにとても長い年月がかかる木として知られていました。
ホニはたずねました。「この木は、何年たったら実がなるのですか?」
「70年だよ」
「おじいさん、あなたは70年後まで生きているつもりですか?」
おじいさんは答えました。
「わたしが生まれたとき、この世界にはもうイナゴマメの木があった。ご先祖さまが、わたしのために植えておいてくれたからだ。だから今度は、わたしが子や孫のために植えるのだよ」
ホニ、70年眠る
ホニは道ばたにすわってパンを食べていると、眠くなってしまいました。眠っているあいだに、まわりを岩が囲むようにして、ホニの姿はかくれてしまいます。
そしてホニは、そのまま70年間眠り続けました。
目をさますと、ひとりの男がイナゴマメの実を集めていました。
「この木を植えたのは、あなたですか?」
「いいえ、わたしの祖父です」
ホニは気づきました。70年がたったのだと。
だれも信じてくれない
ホニが家へ帰って「わたしがホニだ」と言っても、だれも信じてくれません。学びの場に行くと、先生たちが「今日の授業はよくわかる。まるで、どんな質問にも答えてくれたホニの時代のようだ」と話しています。「わたしがそのホニです」と言っても、やはり信じてもらえませんでした。
知っている人がだれもいない世界で、ホニはとてもさびしい思いをしたと伝えられています。タルムードはこの話のあとに、「仲間がいなければ、生きていくのはつらい」ということわざを添えています。
日本の浦島太郎にもよく似たお話ですね。浦島太郎は竜宮城、ホニは岩の中。どちらも「戻ったら知っている人がいない」さびしさが描かれています。
2つのお話が伝えていること
| お話 | 伝えていること |
|---|---|
| 円を描くホニ | 人のためなら、あきらめずに粘っていい/ただし「ちょうどいい」がいちばんむずかしい |
| イナゴマメの木 | 自分が使えなくても、未来の人のために植える/今あるものは、だれかが植えてくれたもの |
| 70年の眠り | 人は仲間とのつながりの中で生きている |
「ちょうどいい」はむずかしい
少なすぎてもダメ、多すぎてもダメ。ホニのお祈りの「少なすぎるめぐみにも、多すぎるめぐみにも耐えられない」という言葉は、雨だけでなく、おやつ、ゲーム、習い事、お金……なんにでもあてはまります。
今あるものは、だれかが植えてくれた
おじいさんの言葉は、子どもにこそ伝えたい考え方です。公園の大きな木も、通っている学校も、毎日使う道も、自分が生まれる前にだれかが用意してくれたもの。そして今度は自分が、まだ会ったことのない人のために何かを残す番です。
お金の世界でも、すぐには結果が出ないけれど時間が育ててくれるものがあります。長い時間をかけて育つという点で、イナゴマメの木は複利(お金がお金を生むしくみ)の話にもよく似ています。くわしくはジャックとジルの話|投資は「いつから」が大事で解説しています。
親の毎日に置きかえると
- 子どものおねだり:「お湯で」「やっぱり冷たいの」「くるみ」「アーモンド」……2000年前から子どもはこうでした。「うちの子だけわがまま」ではないと思えるだけで、少し気が楽になります
- 子育てそのもの:今日の声かけや読み聞かせが実を結ぶのは、何年も先かもしれません。すぐに結果が見えなくても、植えたものは育っている——イナゴマメのおじいさんの考え方は、毎日の子育てにもそのまま重なります
- 「ちょうどいい」探し:叱りすぎても、放っておきすぎてもうまくいかない。ホニでさえ3回目でようやく「ちょうどいい雨」にたどりつきました。親が最初から正解を出せなくて当然です。楽しみと本分のバランスは難破船と3人の乗客のお話もヒントになります
親子でやってみよう
「ホニの注文ゲーム」
- 1人が「ホニ」、もう1人が「雨(またはお店の人)」になる
- ホニは「〇〇をください」と注文する(例:「ちょうどいい量のジュース」)
- 雨役はわざと少なすぎる・多すぎるをジェスチャーで返す
- ホニは「これじゃない!」と言って、どうちょうどよくしてほしいかを言葉で説明する
「ちょうどいい」を言葉にするのは、意外とむずかしいもの。自分の希望を具体的に伝える練習になります。
「未来のために植えるもの」を考える
実際に、種やミニトマトの苗を植えてみるのもおすすめです。植えながら「この公園の大きな木は、だれが植えたんだろう?」「きみが大人になったとき、何を残したい?」と話してみてください。
親子で話し合ってみよう|問いかけのヒント
- 「ホニはわがままだと思う? それとも、えらいと思う? どうして?」(人のために粘るのは、わがままと何がちがうのか)
- 「きみにとって『ちょうどいい』のは、おやつ何個? ゲーム何分?」(多すぎ・少なすぎを自分ごとに)
- 「70年後に実がなる木、きみなら植える?」(植えない、でもOK。理由を聞くのが大事)
- 「今使っているもので、だれかが先に用意してくれたものはなに?」(学校・公園・図書館など)
- 「もし70年眠って起きたら、いちばん最初に何をしたい?」(浦島太郎と比べても楽しい)
まとめ:粘るのは人のため、植えるのは未来のため
「円を描いたホニ」は、雨の量に何度も注文をつけるおかしさの中に、人のためならあきらめずに粘っていいこと、そして「ちょうどいい」がいちばんむずかしいことを描いたお話です。続くイナゴマメの木のお話は、今あるものはだれかが植えてくれたもので、今度は自分が未来のために植える番だと教えてくれます。
子どもの「くるみちょうだい、アーモンドちょうだい」に疲れた日は、2000年前の先生も同じことを言っていたな、と思い出してみてください。
親子で読めるお金や社会のお話は子どもに教えたいシリーズのまとめからどうぞ。
※出典:バビロニア・タルムード「タアニート篇」23a。訳し方には複数の説があり、本記事では子ども向けにやさしく言いかえ、一部を省略しています。

コメント